企業とのコラボレーション

日本一のお酒 「天空の泉」のラベルデザイン・・・沢の鶴酒造】
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沢の鶴酒造の西村隆治社長の依頼により、ラベル、文字、箱と全体をデザインした。
ラベルは、天空の渦を研ぎ出し蒔絵で表現した作品(「天空の泉」という題名)を元にし、金粉の形状と光、黒漆の艶などを精密に印刷技法で表現した。
「天空の泉」の文字は、蒔き絵筆にて細く書きしたためたものを和紙に印刷し、有純の朱印を押してある。
外箱は漆の艶を意識し、木箱の木目を活かした黒色の塗装である。「天空の泉」は日本一の精米歩合である「24パーセントだけお米の芯を残す」大吟醸酒であり、洗練された贅沢なフルーティな香りと味わい豊かな日本一の日本酒である。

http://www.nurihiko.co.jp/kudaigura/ichiban_24.html 

【「梅の花」の意匠について・・・山本海苔店】
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山本海苔店の海苔の缶とパッケージデザインは、父の三田村秀雄(九代秀芳)の手になるものである。現在は朱色と緑色の「梅の花」シリーズが残り、質の高い海苔の缶として大きな売れ行きを示している。
04年に山本泰人副社長の依頼を受け、長い年月の間に少しずつ変化してきた色と形を、父の元のデザインに戻すべく、全面的に描きなおすこととした。
このデザインシリーズは私が若い頃に父が依頼を受けて制作していたものであり、ベースの色を塗るのは私が手伝った記憶がある。
今回は図案と原画を頼りに、私が手がけることとした。
アールデコのデザインの流れを父が研究した成果であり、台湾の食品メーカーが全く同じデザインで肉鬆を入れた缶を作り、現在も販売をしている。
デザインの意味性などについては、山本海苔を購入すると入っている案内書の中に文章を書かせて頂いた。パンフレット「美しい味 山本海苔店 時の幸。」より《 梅の樹は落葉広葉樹の低中木でバラ科サクラ属のウメ亜属に属します。学名をPrunus mumeと称し、英語ではJapanese apricotかplum、フランス語ではprune Japonaiseと表記します。共に日本の国名ジャパンが付くことは、梅の花=日本と西洋では思われているからでしょうか。また学名のmumeは日本語の発音、梅=うめに近いことも興味ある点です。
梅の樹の原産地は中国四川省、河北省の山岳地帯といわれています。日本には古代から、薬用植物として渡来し、食用、観賞用として人々の心に映る花になってきました。
「万葉集」の中で梅の歌は、萩の歌に次いで多く、122首が収められています。桜の花は四十首ですので、梅の花は平安時代にはとても愛されていたと思われます。ただ、現在日本を代表している花(国花とされている)は菊と桜です。梅に代わって左近の桜が植えられたのは桓武天皇の時代といわれ、この頃から、単に花というと日本では桜を表すようになったようです。
日本での梅は一~三月頃に、白、ピンク、紅などの愛らしい花を咲かせます。私の父秀芳(秀雄)は、この梅の花をこよなく愛し、毎冬井の頭公園や近所の梅林に行き、色々な角度からスケッチしていました。スケッチを元にして五弁が開いた姿、蕾の姿を再構成して画面創りをしていました。時代はアールヌーボーからアールデコに移りましたが、曲線を中心にした構或は、日本人の自然観を図案の中で具現化する意匠として、いつの世にも新しく、新鮮で魅力ある画面となっています。
このデザインを特徴づけているのはオレンジを基調とした背景画面です。本来なら海苔をイメージさせる寒色糸か、梅の花を表す淡い赤色を使います。本デザインの橙色は、天皇陛下が即位の際にお召しになる禁色の高貴な色です。この黄櫨によって染められた色味を使うことによって、最高級の海苔の持つかぐわしさを表しています。白抜きに浮き出る梅の小枝は、淡い緑色により強調され、命ある存在感を感じさせます。
このような構成と色彩からなる「梅の花」は単に海苔の缶としての意匠でなく、自然の持つ命の尊さを表し、今後とも変わらない人の世の永遠の繁栄をも表しています。
三田村 有純 》

http://www.yamamoto-noriten.co.jp

【「東西文化交流の研究」・・・千代田絨毯】
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ペルシャ芸術絨毯(ナイン マフムッド・レザー・ハビビヤン工房)221×302㎝
モリス・ラグス 生命の樹シリーズ《ウッドぺッカー》52×107㎝http://www.chiyoda-rugs.com/art.html
http://www.chiyoda-rugs.com/japon.html

繊維藝術の観点から、文化交流の研究をしている方に千代田絨毯の森 宣順社長がいる。神道研究家で神主の家系に生まれ、ご本人も神主の資格を有している。
文化保存と伝播に対する思いは強く、千毯館という出版社も経営し、これまでに模様と歴史の本を30冊以上出版している。
私は最初に訪れた外国がエジプトであり、日本文化がヨーロッパに与えた影響や東西文化交流に強い興味を感じていた。
日本は東の果てにあり、ヨーロッパや中東とは、全く異質の文化を持った歴史がある。ただ何時の時代も日本文化は存在し、それらを魅力的に見る国もあったことは事実である。
このように私が今までに研究をしてきた内容と森社長の国際的な交流事業が極めて近いために、共同で研究をし、私は模様と工芸的観点からの文章をまとめ、2006年8月に2冊を出版した。
現在は更なる調査発表のために、世界を歩き、大学、博物館、美術館、研究所、工場などで関連資料を収集し、また書籍、文物、骨董品などの蒐集を計っている。
今後はそれらの資料を多角的に整理し、広く世界に向けて発信をしていきたいと思う。

【「自分の箸を持ち歩こう」・・・兵左衛門】
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日本でもっとも精力的に箸を作っている兵左衛門の浦谷兵剛社長は、日本一お箸を愛している方である。折れたバットでお箸を作り、その売り上げで、青ダモを植樹している。
箸をきちんと持てる子供は非行に走らないということで、子供と親を対象に箸知育教室をもう20年に渡り実施している。
自分のお箸を持ち歩こうとMY箸運動も、早くから展開している。これらの箸は皆、口に触れる所は生漆のみで塗り、何が安全かを真摯に研究し、漆の中に顔料を入れないなど徹底している。
日本漆文化研究所を同士と共に立ち上げ、世界中の漆文化の研究と、日本の食文化の啓蒙に努めている。私も共に、アジアやヨーロッパなどを調査をし、一緒にソウル大学、清華大学、閩江学院台湾手工業研究所などで授業をし、国際交流に努めている。
現在日本で毎年250億膳の割り箸が使用されているが、このほとんどが中国の森林を破壊して作っている。またカビが生えないように防腐剤に浸かっているために、人間の体にはとても悪い。
人が安全に健康に暮らす基本は食であり、何をどのように食べるかが重要である。
ここで作っているお箸に八四郎(ハシロウ)シリーズがある。これは上下が取り外せる携帯箸であり、小さくなってかばんの中に収納できる。
私は世界中、いつでもこのお箸を携帯し、食の命を見据え、食事をする幸せに感謝の念を持っている。

http://www.hyozaemon.co.jp/chishiki/bunka.html
http://www.hyozaemon.co.jp/chishiki/urushi.html

【平成天皇 お通い箱「天空の煌き」・・・虎屋】
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平成天皇にお菓子をお届けするお通い箱11点を、1987年より11年かけて制作した。お話を頂いたのは、昭和天皇がお元気だった頃であった。虎屋先代の十六代光朝氏が社長、現社長(十七代当主)の黒川光博氏が副社長の時である。

この作品は虎屋のお菓子を買うと付いているパンフレットの中に写真が載っている。実際の大きさは30×40×10センチと大きく、中にあるお菓子の大きさが見て取れる。
天皇家にお菓子をお届けする時に、11合の内の1点を使うそうである。

本体は石膏原型の上に麻布を8枚貼り、乾漆技法で仕上げたため、軽くて丈夫な仕上がりである。本固地技法の上に、伏せ彩色した青貝、平文と金粉の研ぎ出し蒔絵にて宇宙空間を表す。
蓋裏には虎の生態を厚貝螺鈿にて表し、その周りにはオパールの石を象嵌した。
11点を、少しずつ間隔をあけて並べると、天の川のように天空に輝き連なる宇宙空間が見える。その模様に終わりは無く、11番目の箱を移動して1番目にずらしても図案はつながる。
箱の底面のデザインは蓋表と同じ構図であるため、11点の図案はつながり、天空の無限空間と命の永遠なる神秘を表現している。

【三田村有純と世界を旅しよう・・・ナムコ】
ナムコの企画する移動する教室シリーズがある。
旅の前には、参加者が集まって三田村有純の講義を聞く勉強会を開く。 旅の本番では、現地の美術館・博物館や歴史的場所で実物を前に、本物 を見て、研究会を行う。 帰国後は事後学習会を開催し、歴史や文化を語り合う。2005年にはフランスにおいて「漆芸家 三田村有純先生と行くフランス7日間  ~アール・ヌーヴォーを魅了したフランス漆芸術を訪ねて~」を実施。

http://www.nej.co.jp/urushi2005/promo_urushi2005/index.htm
http://www.nej.co.jp/urushi2005/report_urushi2005/urushi2005report.htm

2006年は10月に「韓国に日本文化の原点を探る」 ~韓流の謎を追う 5泊6日の旅 ~」を実施。

http://www.nej.co.jp/report_urushi2006/index.html
http://www.nej.co.jp/report_urushi2006/index2.html

韓国においては、韓国の二人の大學教授から、韓国文化史や最近の映画産業に 関する授業も受けることができた。日本と韓国の文化の近似性と相違性について確 認 し、 数千年の歴史に想いを馳せる充実した旅になったと思う。